銀盤にて逢いましょう
   
“コーカサス・レースが始まった?”
 


     13



少し大きめの扇子、パンッと振る格好で開いてみせて、
かなめ上の骨のところに指を入れ、クルクルと回す所作もあどけなく。
膝上丈の和装風のコスチュームで、真白の姫こと敦嬢が氷上へと進み出てくる。
扇子なんてな小道具、本戦の競技では勿論使えないが、
エキシビジョンは得点を競うものでなし、多少のお遊びは許されていて。
まるで指先に留まった小鳥と遊ぶように、
はたまたひらひらと舞う蝶々を追っているかのように、
指先で白い扇を何度か回して見せてから、
広いリンクの中央から縁沿いに一巡りしたその途中途中で
フリッツやルッツといったジャンプを取り混ぜて軽やかに舞い、
中央へと戻った地点で大きく踏み切ってのトリプルアクセルを決めたことで、
場内がわぁッという大歓声に沸き立った。

 何とも物騒な騒動が、実行犯の身柄確保で一応の収拾を見せてから、
 すでに数日が経っており。
 大元の組織も 昨日までに本部や幹部宅など関係筋への一斉捜索が掛かって、
 あらゆる意味での壊滅の一途を辿っている。

 『一見、誰の支配も及んでいないように見えたらしい中途半端な組織が、
  某組織が関東の端っこに置いてた支部との関わり合いを結ぶための土産として、
  ちまちま拡張中だった違法物品の販路を提供しようと持ちかけたのがそもそもの始まりだったようで。』

別にその筋の人間というわけではなかったものの、
かつては裏社会の混乱を収め、その働きから“ご意見番”としての人望も高かった
大御所様こと敦嬢の曽祖父様とその一門が
いまだに睨みを利かせているなんて知らなかったらしい新参者ら。
そのいかがわしい販路が、新興地ではするする開けるのに、
古くからある地域では伸び悩むのは何故かを深く考えもせず、
十分に制覇も完了、地力もついたと早合点し、
そんな大胆な動きを始めたその上、敵対している2つの勢力の双方へ美味い話があると持ちかけ、
あわよくば混乱に乗じて独り勝ち出来そうなんて、浮ついた皮算用を構えた。
資金には自信があったし、外つ国から進入中の人材組織との人脈も持っていた。
北国地方制覇という看板を大きに見せびらかしたまま
大胆不敵な下克上も夢じゃあないと動き出しかけてたその矢先、
そんな構想の基礎であり、二股掛けてたどっちへ知れても大変なことになろう本帳簿を、
やはりこの辺りの現状実情をよくは知らぬまま
虫の良い話で旨味にだけあずかろうとした、小賢しいハイエナ組織に奪われてしまい、
そ奴らを取り押さえんとしていた追いかけっこに巻き込まれた…というややこしい事態だったのへ。
ただ巻き込まれてやっただけでは済まさず、
ややこしい構図となってた北国裏組織の混乱をもひとからげ出来るよう、
素人とは到底思えぬ手際を手早く敷いて、
家宅捜索や検挙が十分可能になろう証拠や状況をお膳立てし。
表立っての事態からほんの数日で、
警察&公安関係筋へ主要人物らをほぼ引き渡してしまった空恐ろしさ。

 『太宰さんは神経衰弱が得意。』
 『そうか、中也さんはスピードで負けたことがないらしい。』

いきなり話が変わったようかもだが、
各々のそんな特性をようよう生かしたのだろうなと思わせるよな展開だったよで。
こそり持ってた政財界系の人脈を周到に操った 誰かさんが、
当人は気づいてなかったらしいが実働に向くだろう頼もしきコネを持ってた誰かさんを動かすことで
そうかいあの子の知り合いかいという格好、間接的な信用を得てのそれを足掛かりに、
都心部周りの その筋の動向情報も集めた末、
問題の関東側の組織とやら、ちょっとはっちゃけて独断行動起こした分家だと判明したため、
そこだけを突々くのなら関東大戦争になるでなし、
むしろいい仕置きになるから静観の構えを取ると、
本家筋からあくまでも独り言だがという承認もこっそり得ていた、そら恐ろしい包帯策士殿。
そんな彼の采配の元で、安吾や織田が率いる公的機関が投入され、
畳みかけるよな短期集中決戦で事態を動かし、
小賢しい新興組織を燻り出して葬ったという格好で鳬をつけた

 ……のだという真相、

 “きっちり詳細まで把握しているのは、
 太宰さん以外となると、乱歩さんと中島の家長様くらいのものだろうな。”

自分も、国木田でさえ、微に入り細に入りと全部を網羅しちゃあいない、
ただ太宰が恐るべき暗躍をしたらしいこと、
選りにも選って敦嬢を巻き込んだのがまずかったねぇと、
暗い笑い方をした智謀の君だったのへ背条が凍った自分の勘を信じ、
それ以上は知ろうとしないのが得策と、谷崎さんが深々と溜息をついたことで、
こたびのてんやわんやの ややこしい裏事情はひとまず置くとして。

 「こんなプログラム、いつの間に組み立ててたんだろうね。」

少し大きめの扇を開いたり閉じたりくるくる回したりと操りながら、
雪原で遊ぶ可憐な妖精のように、
軽やかなスケーティングを一通り披露した敦だったのを追うように。
後からリンクへ登場した芥川という構成も、本来の “ペア”ではありえない段取りだったが、
そこはまま ショーとしての要素を持ち込んでのことと、
この催しでだけ特別に容認された仕儀だったらしく。
若い女性ファンの黄色い声が沸き起こる中、
向かい合っての手を取り合い、ワルツでも舞うようにそれはそれは優雅にすべり始める。
途中途中に、敦嬢がステップをわざと間違えては、畳んだ扇子で自分をぽんと叩き
“てへっ”と笑って見せるなんてな小芝居も交えつつ、
ひょいっと抱えられたそのまま宙へ放り出されるツイストリフトを豪快に披露したり、
手と手を取り合い、それは綺麗で大きな輪を刻んだり。
かつてのコンパルソリーさながらの、
地味でも難度は高いスリーターンやブラケットターンを再現したりと、
昔からのファンが懐かしぃと悶絶しそうな小技も入れつつ、
縦横無尽に颯爽と駆け回っての舞い続け。
最後はソシアルダンスもかくやとの そりゃあ絵になる決めポーズ、
優雅に伸ばされたスズラン姫の腕を支え、漆黒の貴公子殿が頼もしき騎士ぶりを見せたと、
明日のスポーツ紙のトップを華々しく飾ることが必至という出来で終わり。
演技の一通りはさっそく様々な媒体で拡散されもして、
ますますと顔が差す身になっちゃったねと、
待ち合わせ先でサングラス越しに当人同士が苦笑し合ったのは後日の話。




     ◇◇


一応は幼稚舎から四年制大学まで一貫の女子校に通ってた。
特に名家の子女ってわけでもなかったが、学校法人関係者の一族に親の知己がいて、
貴女のところのお嬢さんなら人品に間違いはないわよねなんて、
微妙な言いようの 称賛だか勧誘だかされて幼稚舎に入園。
同じもも組のリーダー争いで
子供ながらにマウンティングして来た小生意気なお嬢さんを泣かすほど
お転婆っぷりを存分に発揮したにもかかわらず、
弱い者いじめしまくってた子を完膚なきまでやっつけたのだという事情が明らかだったため、
これはあっぱれな人性よと何故だか理事長に気に入られ。
その後もたびたび大暴れしては問題を起こすものの、
どれもこれもしっかとした理由のある 義侠心豊かだったがための騒動だと
多くの人が認める事案ばかりであったため。
さすがに称賛まではされなんだが、
叩き伏せられた側が立場を失くして自主的に去って行ったこともあり、
お咎めはないままに無事卒業。
途中、その美貌が引き寄せたものか、
繁華街でも似たような厄介ごとという火の粉をかぶったものの、
そちらは男衆が相手とあって容赦のない天誅を加え、
どんどんグレードアップしてゆく輩へも
怯むどころか鬼のような強さもて叩き伏せての気が付けば、
体育会系、素人衆には手を出すなかれが看板な 武闘集団の若頭的地位を得てしまい、

 「それがこぉんな華やいだことのスタッフやってんだから、判らねぇもんだよなぁ。」

クラブハウス内のリンクにて、
昨日のエキシビジョンで やっと放り投げ、もといツイストリフトをしてくれたと、
きゃっきゃ喜んでいた敦ちゃんを、おいおい落ち着け転ぶぞと、
放り投げた芥川が諫めるように声を掛けつつ、
これも基本重視の中也が課した宿題のコンパルソリー、
41種の中からチョイスした数種を真摯になぞり始める。
二人ともフィギュア界では新人ながら、他のスポーツで基本を叩き込まれた身なせいで、
ともすりゃあベテラン並みに体幹がしっかりしており。
結構な無茶ぶりとしか思えない規定ものも難なくこなせる。
バッジテストの3級相当、
バックサーペンタイン、ファアアウトループ、
フォアインループ、フォアアウトダブルスリー、フォアインダブルスリーを
右足スタート、左足スタートのそれぞれ3回ずつ。
氷上に刻まれるトレースラインがぶれぬよう、しっかとすべるもので。
結構難しいはずが、軽やかにこなせる二人じゃあるが、
互いのトレースを確認し合ってあーだこーだ言い合うところは相変わらず。
ただ、ここはちょっぴり変わったなと判る変化もあるこたあって。
大きな弧を辿る一連のシークエンスをすべったそのまま、
見学に回っていた芥川の傍まで戻ってきた敦嬢。
ふわふわとした笑顔だったものが、その後背にいた中也に気づいたか、
少々冷静になろうと表情を繕いつつ、

 「…別に、女になったことへ甘えてなんかいないんだからね。」

傍まで戻ってきたにもかかわらず、突拍子もなくという態でそんなことを言い出す彼女で。
大方、女の子だからと何かと優遇されようとか、守ってもらえようとか思っているわけじゃあない、
かつてと同じで対等扱いの方がいいとでも言いたいらしかったものの。
不意打ちすぎたか、言葉足らずからか、何だ何だと瞬きをした芥川、
ややあって、

 「ほほぉ。」

そんな声を発しただけだったため、
ツンデレのツンの方を発揮してみたらしいお嬢さん あっという間にたわんで弛み、

 「でもね、ちょっとは、あのね? 前より可愛くなれたかな、とか…。////////」

こうやって寄り添ってもちょっとは違和感ない身になれたかなぁって、と。
そりゃあ謙遜しまくった言いようをもにょもにょ自信なさげに口にする彼女へ、

 「以前も十分、愛い奴だと思っていたが?」
 「…っ、そういうとこっ!////////」

もうもうもうと真っ赤になって、小さな拳でポカポカ叩き始める愛らしさよ。
何だ何だと先ほどよりも慮外な反応だったか仰け反らんばかりになってる貴公子殿なのへ、

 「師匠からの要らん影響をしっかと受けてやがるのな。」

肩をすくめつつくつくつと笑っておれば、

 「師匠って誰の誰のこと?」

ややこしい言い回しと共に、響きのいい声がして、
リンクのコンディション保持のため冴えた空気の中、
ふわりと届いたのがラベンダーの香り。
ちろんと見やれば、
曾ても見覚えのあった砂色の外套姿の包帯伊達男が、
いつの間に現れたやら近くまで寄っており。

 「言っとくけど、
  芥川くんにはへりくだられるばっかりで、
  口説き方やナンパ術はおろか、
  女性のエスコートの仕方だって仕込んだ覚えはないよ?」

遠回しにどっかの素敵帽子さんが叩き込んだんじゃあないの?とでも言いたいか、
だが、それにしては厭味ったらしい貌でも口調でもなくて。

 「私自身、社交術としてのいなし方しか知らないし。」
 「…だあ、重いって。」

おふざけの延長というつもりか、
いかにも当然という歩調で残りの間隙を詰めると、
こちらの背後に立ち、肩へと腕を回しておぶさるように凭れかかって来る。
かつては此処まで馴れ馴れしいことされなんだ…とむっかりしつつ
払い飛ばす理由にと思い出そうとしたものの、

  いや待てよ、と

その記憶を掻き回しかかったところへ するりと浮かび上がったものがある。
身長差は同じ男同士だった前の生でも結構あって、
何かにつけて揶揄われたし、臓腑を抉るような言いようもされた。
人を怒らせたり傷つける物言いなぞ、
呼吸するよに紡ぎだせる悪魔だったから、そこはもうしょうがなかった。
ただ、それにしては そこまで嫌いなら寄らなきゃいいのにとアタシ(俺)自身が思うほど
しつこいくらいちょっかい出して来やがったし、こんな風に懐へ入れることも多かった。
触りたがりってわけでなし、腕力封じだったのか、それとも異能封じだったのか。

 そんな要らんことばっかしやがったお陰様。
 奴の匂いや肉づきみたいなもんを知らず覚えちまっていて、
 傍に居るって気配や空気感を観なくとも嗅ぎ取れるようになっていたのは
 誤算というか不本意だったよなぁ…。

そんなこんなを想う小さな板額御前の様子をどう受け止めているものか、
背高のっぽなかつての相棒、小さな美貌の君を掻い込んだまま、
それは楽しそうな表情を隠しもせず、
口許へ大きな手をかざし、練習中のお二人へ声を掛ける。

 「二人とも、敦ちゃんが大学出るまでは清らかなお付き合いにとどめなさいよ?」
 「承知。」
 「なっ、太宰さんっ。//////////」

いきなりの問題発言へは、
やはり練習のフォローにと居合わせていた谷崎や樋口辺りをギョッとさせ、
何より敦がひゃあっと真っ赤になったほど。
そんなやり取りにはさすがに呆れて、

 「何をオヤジみたいなこと言い出すかな。」

冷やかすにしたって釘を刺すにしたって
その言いようはなかろうよと、顔をしかめて見上げてきた中也だったのへ、
問題のチーフ殿、形の良い双眸をゆるく伏せた睫毛で霞ませるほどたわませて、

 「そうは言うけど、敦ちゃんは一族の長老格の方々からそりゃあ可愛がられているからね。」

けろっとした貌でそうと言い返し、

 「特に大御所様なんて、
  敦ちゃんへの不埒な話を聞くや否や、
  備前長船引っ提げて成敗に駆け出しかねないほどなんだから。」

 「…それは怖いな。」

確かに愛らしい子だし、性格もほんわかと朗らかで、
世間知らずな天然娘だが、かといって すぐにも もにょる意気地なしじゃあない。
スポーツのあれこれだって、最初からすぐさまこなせたわけじゃあないものも当然あって
なかなかコツが掴めないものでも、なにくそと根性見せて頑張ったとか。
ほくろ一つないように見える白い肌だが、実はあのねと恥ずかしそうに教えてくれたのが、
脇腹に謎の痣があって、皆 気にしなくていいよって言ってたんだけど、
何度か合宿とかしてるうち、皆も、勿論ボクも思い出したの。

 『一杯怖い目にも遭ってた、虐められてもいた。
  この痣はあの時の火傷の名残りかも。
  今がそれを我慢したご褒美とは思ってないけど、
  上手に言えないけど、思い出せてよかったなって思います。』

世間知らずな深窓のお嬢様、
でもそういう世界もあるのだと知って、それを素直に受け止めている前向きな子。
誰もが惹かれるのは、そういうところなのだろうとしみじみ思いつつ、

 「……。」
 「? どうしたの?」

低められた声で間近から訊かれ、
うわっと仰け反ったらますますと相手の胸元へ埋まってしまったの、
ふんわりと受け止められて、

 「〜〜〜〜〜。/////////」

ますますと赤面しきりとなってしまった姐御だったそうな。




      to be continued.(18.12.14.〜)


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 *何か、まとまりのないままだらだら書いちゃったら字数がそれなりになっちゃいましたよ。
  騒動も収まっての、やっとこ次は太中のお話書きたかったんですがね。
  あ、ちなみに
  板額御前というのは、平安末期から鎌倉初期にかけて活躍した女性武将で、
  弓の名手でしかも美人だったとか。
  大河ドラマにもなった 井伊直虎なんてお人がいたように、
  武家が生まれたての時代、
  女性しか嫡子がない場合、そのまま当主になることもなくはなかったようですし、
  実力優先な時代だったということでしょうね。